[2016年3月23日]
ID:5010
中尊である毘沙門天像は、カヤ材の寄木造で、像高139センチメートルです。頭部は両耳の後ろで前後に割られ内刳され、つなぎ合わされ、胸部の襟の線で挿首とされています。体部も前後に割られ内刳され、つなぎ合わされています。両腕は肩と手首でつなぎ合わされています。髻を三束に結び、宝冠台を着け、眉を吊り上げ、怒りの目で口を真一文字に結びます。皮甲を着け、左腕は肘を曲げて戟を握り、右腕は腰脇に当て、腰を右に捻り、左足を少し脇に開き邪鬼の上に立ちます。
両脇侍はカヤ材の一木造りで、前後に割られ内刳され、つなぎ合わされています。吉祥天像は肩と手首でつなぎ合わされ、像高101センチメートル、髻を結い、額の上に飾りを着け、垂髪を背に垂らし、長い袖の衣を着けています。
善膩師童子像は手首でつなぎ合わされ、像高96センチメートル、髪を鬟に結い、狩衣を着け、両手で箱を献げる姿をしています。3尊とも彫眼で、また本来は着色されていたものと思われますが、現在は素地像です。
毘沙門天像の胎内に正応2年(1289年)6月に比丘尼法達と僧明観が平和を発願し、谷田部重光と景光が助成したことが記されています。吉祥天胎内からは、仏師賢光の墨書銘があり、三尊とも賢光一連の作と考えられています。
毘沙門天は仏教における四天王のうちの北方を守る神、多聞天をいい、吉祥天は毘沙門天の妃、善膩師童子は毘沙門天の天子です。
毘沙門天は気迫ある像で、全体の厚手な木取り、頬を強く張った顔、太い首、いかり肩の姿など、鎌倉時代の特徴である写実性がよく表現された作品になっており、吉祥天と善膩師童子を脇侍とする三尊形式の毘沙門天の典型例として貴重な作例です。
毎年7月最終土曜日に開帳されます。
【所在地】松崎396(多聞院) 【指定年月日】昭和29年3月31日
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