[2026年9月7日]
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昭和40年代(1965~1974)まで印旛沼に面する印西地域から印旛沼を渡り、対岸の成田・酒々井・佐倉・八千代方面に通行するには、渡し舟が重要な役割を果たしていて、行商や通学にも利用されました。舟を係留するところを「河岸」といい、船尾・吉田・岩戸・師戸・江川・山田・仲井・花島・案能・蕪和田・下井などがありました。
料金は、昭和初期の吉田河岸の場合、大人3銭・牛馬10銭・自転車2銭・荷馬車4銭・人力車3銭でした。『利根川図志』の「印旛沼全図」にあるカンザキハシの船尾側に船尾河岸がありました。この近くの土手にある水神宮の石祠に「明和4猪師亥年(1767)□月吉日船尾村」とあり、水難除けと豊漁を祈願して建てられたといわれています。
岩戸河岸は、延亨3年(1746)の「岩戸村明細帳」に「一御年貢米佐倉御蔵付届ヶ納申候、若御払ひ米之節者村下河岸二而舟積仕申候」とあり、年貢米の津出し河岸でもありました。さらに高瀬船の発着場、沼での船着場としても活気を呈していました。
蕪和田河岸は、義民佐倉惣五郎で知られる河岸で、大正14年(1925)近くに「渡守甚兵衛翁記念碑」が建てられています。これらの河岸は、干拓や河川改修、鉄道やバス路線の発達によって次第に衰退し、今では、師戸河岸など数ヶ所に河岸があった面影をみることができます。
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