[2026年9月7日]
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木下の名物として知られる醤油味の煎餅がいつごろから作り始められたのかは明らかではありません。文政8年(1825)に香取・鹿島・銚子を旅した渡辺崋山は、木下で塩煎餅を16文買って賞味したと『四州真景』に記しました。『嬉遊笑覧』によれば、当時、江戸で塩煎餅が流行し、駄菓子同様に売られていたようですから、流行は地方にもいち早く伝播していたのでしょう。
木下で煎餅屋が多くなったきっかけは、明治末から実施された木下河岸の堤防改修工事だったと伝えられています。明治34年(1901)に木下駅が開業すると、河岸にあった商店は、駅前の新道に移ることになり、ここで女性たちが副業として煎餅を焼くようになりました。大正末から昭和初期の不景気の時代には500m足らずの新道で10数軒が煎餅を焼いていたそうです。当時は直径が20センチメートル近くもある厚い煎餅が1枚2銭、小さなものは1枚1銭でした。駄菓子屋では子どもたちの目の前で、生地を押さずにふくらませて焼く「鬼焼き」が人気でした。
戦争によって米の流通が制限されて、一時、煎餅を焼くことはできなくなりましたが、戦後になると煎餅屋が急増します。経済が混乱し食べ物が大変貴重だった時代に、煎餅作りはありあわせの道具を工夫して始めることができたからか煎餅屋の分布は駅前通りと大森六軒を中心としてその周辺も含めた広い範囲におよび、一時は30軒を超えました。東京への野菜行商の荷や大塚戸「茨城県常総市」の一言明神参拝土産などにも喜ばれました。
現在も「木下せんべい」の名は根強いブランド力を保っています。各店ではそれぞれのこだわりを持って手焼きの味を守っており、「木下せんべい」と総称されながらも独自の味を競っています。
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