[2026年9月7日]
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八坂神社から小林鳥見神社へ至る道路脇に径約1.5m、高さ約50センチメートルを呈する小さな塚があり、題目板碑が建てられています。この塚は、巴塚と呼ばれ、巴御前の墓と伝えられています。
巴御前は、木曽義仲の乳母の夫中原兼遠の娘といわれ、義仲の妾となりました。女性ながら80人の力持ちであり、一騎当千とうたわれ、義仲と共に平氏との戦いに奮戦しました。義仲に従い上洛しましたが、元暦元年(1184)義仲没後に信濃に帰りました。
その後、巴御前は、和田義盛に嫁し、朝比奈義秀を儲けたけたとされますが、当時の史料にはこの事を確認できるものはありません。
当地域の伝承では、北条義時との合戦によって和田義盛が亡くなると、巴御前は尼になり印西の小林に隠れ住みました。後には朝比奈義秀もこの地にやって来て妻を娶り、三男(長子小林次郎秀高、次男川村三郎太夫秀景、三男朝比奈弥太郎)一女(早世)を儲け、母子ともに8年間一緒に生活をしたそうです。
しかし、北条氏の追求を受けて、義秀は小林を去ったと伝えられています。巴御前は、孫の川村三郎太夫秀景に養われ小林にて亡くなったと言われています。
巴塚周辺には、他に3つの塚があります。一番大きいもので、径2.2m~3.3m、高さ約70センチメートルです。他の2基は、それぞれ径1.4m~2.6m、高さ約40センチメートルと径約1.5m、高さ約30センチメートルを測ります。塚以外にも、周辺の樹木の根元にお供えがなされ、ここが地元の信仰を集めている場所であることがわかります。この地が「入道寺」と俗称されていることも、地元の信仰に由来すると思われます。
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