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安政の地震地蔵

[2026年9月7日]

ID:22152

安政の地震地蔵

小林新田にある地蔵は、享保6年(1721)に浄安という人が願主となって建てたものです。台座には、「右さくらみち」「左てうし(銚子)・なりた道」「西江戸みち」と刻まれていて、道しるべとなっています。知らない土地を旅する人々にとって、道しるべの存在は心強いものでした。

ところが、安政2年(1855)10月2日の夜4つ時(午後10時)、江戸を震源とするマグニチュード6.9と推定される地震が発生し、地蔵は倒壊してしまいました。

この日の早朝、成田では太陽が紫色に見え、噂になっていたところに地震が起きたと伝わっています。江戸では家屋が倒壊し、火災が発生して多くの犠牲者が出ました。『武江年表』という書物には、武家・浪人・僧侶・町人・農民を合わせて6641人が寺院に埋葬されたと記されています。

地震の被害は、市域や周辺の村々にも及んでいます。地震について、最初は小さく、中頃から次第に大きくなって家々が左右に揺れ、大地が高く持ち上がって一気に下がったように感じたと記録されています。家の中は行灯が倒れて暗闇となり、戸や障子などが前後左右に倒れ、壁が崩れて壁土が飛び、屋根からは瓦が落ちて粉々になる有様でした。利根川縁では、泥が吹出す液状化の現象も見られました。

木下・六軒・大森村・滝村などでは家々が大破し、布佐村(我孫子市)では家が倒壊して3人が犠牲となりました。竜腹寺村では、村中の石塔がすべて倒壊し、地割れが4,5か所できました。中根村でも足が入るぐらいの地割れができました。

「小林新田堤内念仏講」の人々は、道しるべにもなっている地蔵をこのままにはしておけないとして、翌年9月に地蔵を再建しました。昭和41年10月、道路改修にともなって現在地に遷座されました。

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