[2026年9月7日]
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戦争の終結は、大陸・南方地域からの復員、引き上げによって人口増加に拍車がかかり、食糧難をさらに深刻化させました。政府は、昭和20年(1945)11月に緊急開拓事業実施要項を決定し大規模な農地の開墾・干拓をめざしました。千葉県では、旧軍用地の開墾が目標面積の半分をこえ、特色となりました。この旧軍用地は、権利関係が複雑で、地元農家との対立もおきました。
印旛飛行場跡地にも、終戦直後から旧軍人、引揚げ者などによって開拓が始まりました。飛行場の建物を利用して、開拓営団の事務所もできました。昭和23年には船穂開拓農業協同組合が設立されました。
当初は土地が不毛に近く、作物は肥料不足もあって、十分な収穫ができませんでした。昭和24年ころから肥料の配給も始まり、収穫も伸び、飢えの脅威からも脱出できました。昭和26年には船穂農協西瓜部が結成され、東京での品評会では農林大臣賞を受けるまでになりました。また、コダマスイカも市場で人気を博したり、ゴボウ(印西ゴボウ)も作られ町の特産品として、NHKテレビで全国的に紹介されたりしました。当初畜産も行われましたが、しだいに野菜栽培が中心となっていきました。なお、このころ昭和28年にようやく電灯がつきましたが、全戸に点灯されたのは昭和35年のことでした。
その後、千葉ニュータウンの予定地となったため昭和44年12月には移転が決まりました。さらに、昭和48年に開拓農協の解散式が行われ、この「開拓記念之碑」が原青年館内に建立されました。
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