[2026年9月7日]
ID:22333

松虫陣屋跡は松虫寺から南方400mの台地端に位置します。江戸時代に書かれた物語にある、戦国時代末期に今の茨城県の武将が千葉県北部の千葉氏を攻めた時に一時的に寄ったという「松虫の陣屋」からこの名前が付けられています。
台地上は50m×70mの空堀や土塁に囲まれた主郭部分を中心に周囲にも土塁・空堀で空間を造り、斜面にも腰曲輪や空堀を配置させたもので、全体では約150m×約250mの規模になります。主郭の4辺にはそれぞれに土塁・空堀を屈曲させて外側に飛び出させた部分があります。
平成18年度に成田スカイアクセス鉄道がかかる南側の台地縁から斜面部分が発掘調査されました。その結果、主郭のすぐ外側の空間で建物の柱穴や地下蔵が多く検出され、土鍋の破片が大量に出土しました。室町時代前半の14世紀代~15世紀前半には台地を階段状に造成した村の一部が形成され、戦国時代が始まる15世紀半ばには中央に低い土塁・浅い堀を廻した屋敷がつくられました。15世紀後半には土塁を高く、空堀を深くさせ、周囲に腰曲輪や空堀・土塁を築かれた後、16世紀後半~17世紀初頭に空堀が埋められて廃城となりますが、江戸時代初めにも使われたという変遷がわかりました。大量の土鍋は、主郭のすぐ外側が厨房であったことも想像できます。
「陣屋」の名称は江戸時代の城を持たない小大名の屋敷跡のイメージがありますが、実際は戦国時代の城館だったことがわかりました。
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