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地域に残された宗像村役場文書

[2026年9月7日]

ID:22348

地域に残された宗像村役場文書

宗像村は、明治22年に施行された市制町村制によって誕生しました。

明治政府は、法律に基づく近代的な中央集権国家を形成するために、次々に新しい制度を定めました。具体的には、富国強兵・殖産興業などの国策を推進するために、戸籍法・地租改正・学制・徴兵制など各方面にわたる制度です。そして、これらの新しい制度を国家に代わって施行する地方行政制度の整備が必要となり、何度か行政区画の編成が行われました。

市制町村制は、各種制度を全国画一的に施行するために有力な町村を形成させて、国家事務を分任させることを目的とした制度です。そのため1町村の標準戸数を300戸~500戸として、近世以来存続していた町村を分合して、戸数・人口・面積・資力、そのほか、これまでの住民組織・人情・風俗・農業水利の共同利用などを考慮して、新しい町村を誕生させました。

宗像村は、岩戸村・鎌苅村・師戸村・大廻村・造谷村・吉田村・惣深新田飛地字関之台を合併して誕生しました。北総台地の中央、西印旛沼の北に位置し、沼縁には低地があり、また標高約30メートルほどの台地には師戸川などの小さい河川が南北に流れていて、稲作に適した地域です。主な生業は共通して純農業でした。村名は合併前の各村々の氏神が、宗像神社であったことに因んで決められました。

宗像村の様子を具体的に知るための貴重な資料が、現在も残っています。それが宗像村役場文書です。役場文書とは、当時の町村役場が職務を行う際に作成した文書、または取得した文書のことで、それらを保管・保存した文書群の総称です。

宗像村役場文書は、昭和30年3月10日に宗像村と六合村とが合併して印旛村が誕生するまでの66年間に作成され、保管されていた貴重な資料です。現在は、印旛歴史民俗資料館に収蔵されています。その内容は、法令・議会・選挙・租税・財政・戸籍・土地・土木・水防・産業・交通・通信・兵事・教育・厚生・福祉・消防・警察・役場・庶務・その他に分類されており、総数は約3000点に及びます。

このような役場文書によって、明治・大正・昭和と長い期間にわたる行政の実態を知ることができると同時に、地域における人びとの日常生活の様子などを知ることもできます。昭和61年10月に刊行された『印旛村史 近代編史料集Ⅰ』には184点、昭和63年3月に刊行された『同Ⅱ』には125点、合計309点の文書画掲載されています。

千葉県内では、旧源村役場文書(千葉県文書館収蔵)が広く知られています。そのほか、いくつかの役場文書の所在が確認されていますが、いずれも歴史資料として貴重なものです。

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印西市役所教育委員会 生涯学習部文化振興課文化財係

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