[2026年9月7日]
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建武5年(1338)の銘文を持つ古鐘で知られた龍水寺ですが、昭和期の修理で製作年代が明らかになった薬師如来立像と金剛力士像の存在が、龍水寺の声価を一段と高めました。
薬師堂境内の梵鐘には次のような銘文が刻まれています。
「敬白 奉懸鋳下総国龍水寺推鐘一口辛 右志者奉為 天長地久御願円満乃至法界平等利 益也仍如仲 建武五戊年八月八日 所存」
この銘文に興味を示したのが俳人小林一茶です。文化3年(1806)の旅日記に「建武五年トアリ、いぶかし」と記し、5年後の文化8年4月1日に再訪し「龍水寺鐘銘写、日入シテ帰る」と、並々ならぬ関心を寄せています。建武3年に幕府は南北朝に分裂しましたが、この銘文が印西地方が北朝の支配下にあったことを証明しています。
一茶はそのことに関心を持ったのでしょうか。そうではないようです。一般的な歴史年表では、北朝の年号は建武4年で終わり次の年は暦応となっています。建武が暦応と改元されたのはこの鐘に刻まれた8月8日の同じ月の28日です。この事を一茶は気づいていなかったようです。
龍水寺薬師堂本尊薬師如来立像は、像高96.5センチメートルの針葉樹(ヒノキか)を材料に作られています。1本の木材に彫刻した仏像を一旦割り、中をくり抜いた後に接合して仕上げた割剥造という製作技術を用いています。製作者と製作年代は不明ですが平安時代後期、12世紀の特徴を示しています。全体的に丸みを帯び、柔らかな表情は11世紀前半に仏師定朝が生み出した優雅、優美で穏やかな印象を与えています。薬師堂を守る仁王門内の像は一般的には仁王様と呼ばれていますが、木造金剛力士像として千葉県指定文化財に指定されています。
口を開いた阿形像は、松材の一木造で像高は230センチメートル。肉身分部は漆他に赤色顔料、裳は漆地で仕上げられています。口を閉じた吽形像は松材の寄木造で像高は235センチメートル。頭部は1材で彫り、体幹部は前後に4つの材料をつなぎ合わせています。阿形像、吽形像の制作方法は異なりますが、共に室町期の同じころに造られたものと推定されています。広大な境内と優美な薬師仏を守るにふさわしい力強さが感じられる優れた作品です。
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