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福聚院

[2026年9月7日]

ID:22404

福聚院

本埜第一小学校から鳥見神社を過ぎて200mくらいのところに、中根の福聚院と観音堂が向かい合うようにたたずんでいます。

天台宗の寺院である福聚院には、鎌倉時代初期の製作と思われる市指定有形文化財の阿弥陀三尊立像が安置されています。また、精巧なつくりが目を引く寛文9年(1669)の十九夜塔や如意輪観音をはじめとする石造物群はこの寺が江戸時代にも深く信仰の場所となってきたことを窺わせます。

観音堂は福聚院の斜向かいに所在します。観音堂の裏手には、印西市域でも最古級に位置づけられる嘉元4年(1306)11月日銘の武蔵型板碑をはじめ、鎌倉時代後期に遡る下総型板碑が3点残っています。

江戸時代の地誌である『利根川図志』には、近隣の行徳新田(現印西市行徳)にある吉次沼が誕生した経緯として、源義経の支援者として知られる金売り吉次とその弟が殺され、墳墓が築かれた場所であり、その後宝永元年(1704)に印旛沼の堤が切れ、沼となったと記されています。地元には、観音堂に祀られている観音仏は吉次兄弟のもので、下総型板碑は吉次兄弟の墓であるという言い伝えも残っています。

全国各地に同様の吉次伝説が残っており、少なくとも由緒ある仏像や板碑の存在から、当時の印旛ヶ浦を臨むこの戸崎地区の台地先端が、中世前期にまで遡る生活と交通の舞台であったことは間違いないものと思われます。

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印西市役所教育委員会 生涯学習部文化振興課文化財係

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